2003年6月8日日曜日

ソフィ・カル展(豊田市美術館)20030608

限局性激痛

 後で思えば小説であり映画であったけど、そのときは手探りで見ていました。
 僕にソフィ・カルと言う人への知識はなかった。《盲目の人々》は送られてきたチラシからおおよその世界はつかんでいたが・・・。

 豊田市美術館は3階へ上がると正面に小スペースがあり、その横に廊下があり、ここにも展示がされてた。前回のヴォルツガング・ライプ展もそうだったし。
 だからすぐに目がつくのは横の廊下の展示でした。それに、正面のスペースでは学芸員の人による解説がされていたので、人であふれていたし。
 正直、自分の時間で見て歩きたいので小スペースは後においておくことにした。
 という訳で、限局性激痛は途中から見ることになった。お稲荷さんだったかな、京都の写真が目に付いた。全体的に暗めの写真の下に白い紙に文章が書かれていた。本も貼られている。恋愛のことについてのようだった。
 昨日に縁結びの神社に、今日に縁切りの神社に行ったようなことが書かれていた。写真は地主神社だった。護符も撮られていた。写経の写真も。凶のおみくじも。実は会場を1周してやっと限局性激痛というものが見えたのだが、実は正面の小スペースというのがこの展示の始まりで、僕は物語の途中から読んだことになる。
 というわけで激痛の始まりは知らずにその途中から見始めた。
 限局性激痛は2部に分かれているような展示となっていて、前半はソフィカルの最悪の3ヶ月を撮った、別れとなった日本での生活の写真が貼ってあって、さっきも書いたように文字が連なる。写真には赤いスタンプでナンバリングされて最悪の日へカウントダウンしていく。
 次の展示室に行く途中に真っ白な壁に文字が。このために壁を塗りなおしたのかと、へーと言う気持ちになって入ると、別れのカウントダウンにあった写真の赤い電話の部屋がある。部屋が再現されているわけ。
 そしてそこからは、その赤い電話の部屋の写真とその横に違う写真。写真には文字がかかれている。赤い電話の写真には先ほど見た(と思う)文章がかかれていて、その横の話も重い。それがずらーと続くので、この人は執念だなと思う。
ちょうど、学芸員の人が追いついてきて話にちょっと耳を傾けながら読む。
「ソフィカルは92日間のカウントダウンの果てに、このホテルで破局を迎えた後、自らの辛さから逃れるために自らの辛い経験を話し、その代わりに話し相手の最もつらい経験を聞くということを始めます。ですから、ここからは、ソフィカルの辛い経験と、話し相手のの辛かった経験が並列的に並びます」
「日にちが進むにつれて左側のソフィカルの文章が短くなってきます。ちょっと見ただけでは気づきにくいのですが、左側の文字が少しづつ薄くなって来ており、最終的にはほとんど見えなくなってしまいます。」
「ほかの人々の話を聞いて私の苦しみが相対化されるか、自分の話をさんざん人に話して聞かせた結果、もう語り尽くしたと感じるに至るときまで、私はこのやりとりを続けることにした。この方法は根治させる力を持っていた。3ヵ月後、私はもう苦しまなくなっていたのだ。」
この作品たちを読み終えた後、重さがありながらも何か嫌な感じがしなかったは上のようなためだった。
この作品は矛盾を抱えていたと思う。重い作品なのに会場の乳白色の空間が暖かいのも。
ソフィカルの文章が白く消えても、話し相手の重い文章が残るのに・・・。
やはり、これは「15年たって、私はそれを掘り起こすのである」ということだったからだろうか。
前回が原美術館だったことも考えればそれも意図のうちに入っているような気がする。
ソフィ・カルの持つ矛盾感、その女性的な小説のような世界が好きになった。